2010年08月24日

NASがまともに動かない

昨日の夜に、バイト先の詰め所にあるNASにアクセスできないと同僚から言われた。
いやそらえらいこっちゃはよ治さんと、と思ってVPNに繋いでリモートで状況を見てみようとするも管理画面を出せない。
電源が入っていないという根源的問題は昨日の夕方に自ら投入したから解決しているはずなので、もうNASもいかれたとしか思えない。

暑さでお逝きになりましたか?www

ということで拘束時間終了とともにサビ残っぽいソロ活動開始。
意外と楽しいなう。


posted by ちゅやん at 17:15| 京都 ☀| Comment(1) | TrackBack(0) | Hasta la vista, | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

2010年08月16日

JL 123

春秋

2010/8/12付

 「東京発大阪行の日航123便がレーダーから消えた」。歴史に残る23文字というべきだろう。ちょうど25年前のきょう、全国の報道機関が受信した時事通信の速報ファクスだ。午後7時13分。あのジャンボ機墜落事故の第一報である。

▼紙片を手に、デスクが「おーい誰か」と叫んだのを覚えている。先輩記者が「524人も乗っているぞ」と声を張り上げたのは間もなくだったろう。総員呼び出しのポケットベルが鳴らされたはずだ。そのとき機体はすでに「御巣鷹の尾根」に散っていた。惨状は、いや場所さえも夜が明けるまで分からなかった。

▼あれほどの事故がなぜ起きたのか。検証はさまざまに重ねられ、教訓がつづられ、悲劇を繰り返さないための誓いを立ててきた四半世紀だ。航空界は当時とは大きく変わり、日航も今では経営再建中の身だ。けれど安全がすべての前提であることに変わりはない。それがおろそかにされるなら犠牲者の魂が泣こう。

▼騒然とするあの夜の編集局で、乗客を一人ひとり特定する班に組み入れられたのを思い出す。押し寄せてくる名簿のなかの、カタカナの名前、名前、名前。たくさんの企業戦士がいた。お盆で里帰りする親子が乗っていた。著名人も少なくなかった。ながい歳月を経たというのに、死者たちの無念がまた胸に迫る。


柄にもなくメモ。飛行機の中で読んだのがちょっと来た。
posted by ちゅやん at 07:56| 京都 ☁| Comment(0) | TrackBack(0) | 日記 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする
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