2019年04月07日

「一生わすれません」

ある後輩から投げられた言葉です。>タイトル

実家に帰ると、元私の部屋(現弟の部屋)があります。
かつて宿主は年がら年中不在にしておりましたからほとんど物置と化しているのですが、それでも盆と正月の年2回戻ると、布団を敷くくらいのスペースはおおむね確保されていました。
ですので帰省後は真っ先に布団を引っ張り出し、最終日には保管に備えて布団を丸めておくというのがライフワークでした。

その部屋の片隅に、色紙を綴じたファイルを置いていました。
別に芸能人のサインとかではなく、おおむね部活その他の引退時に後輩たちから貰った寄せ書きが集約されております。

そこにある言葉の一つに「一生わすれません」があります。後輩M女史の手になるものです。

このM女史、諸々の経緯はさておいて私を目の敵のごとく扱ってもらっておりました。経緯があるだけにこちらとしても何も言うことはなかった(むしろそれくらいのことはあるわな、と覚悟はしていた)のですが、10年経って見返してみると過去の事象をちゃんと思い返せます。この一生わすれない宣言があるために、相手方であるこちらが忘れないというのは素晴らしいことです。
もっとも宣言した側が忘れないかというとそういうことはないと思います。高校卒業後は全くコンタクトを取っていませんし、向こうは向こうなりの人生を歩んでいることでしょう。ここまで二十ン年の人生において消え得ぬ程の傷を残したとはもとより思いません。

時は過ぎていよいよ10年を超えております。記憶の整理をするべく忘れようとしても、任意和解でもしない限り、忘れることには一抹の不安が残ります(何言われるか分からないので)。とはいえこちらからコンタクトを取るような性質の事案でもないし、さてどうするかな?……と思ってこのエントリを残しています。

いまひとつ釈然としないことそのものが、悔やんでも悔やみ切れない思いとなって、私の心に大きなひっかかりとなっているのです。


posted by ちゅやん at 14:25| 東京 ☀| Comment(0) | 雑談 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする
×

この広告は180日以上新しい記事の投稿がないブログに表示されております。